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公明党は「大衆とともに」貫く
遺志継ぎ「衆望」の闘い断じて
公明新聞 2023/11/20 2面より抜粋
公明党の創立者である池田大作・創価学会名誉会長が逝去された。 衷心よりご冥福をお祈り申し上げるとともに、党の全議員、 全職員が創立者に示していただいた指針をあらためて胸に刻み、 日本の国民はもとより世界の民衆の幸福と平和のために、 一致団結して闘い抜くことを誓いたい。
「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」 ――。この公明党の不変の立党精神は、 創立者が1962年9月13日、 党の前身である公明政治連盟の第1回全国大会で語られたあいさつ が淵源となっている。
当時の政界は不毛なイデオロギー対立に明け暮れ、 庶民大衆の生活は政治に置き去りにされていた。 政治を庶民の手に取り戻すために、公明党は64年に結成された。 その原点を深く銘記し、大衆の願いや希望、即ち「衆望」 に応える政治を断じて実現していかねばならない。
創立者は、公明党が衆院選に初挑戦した67年1月、 党のビジョンを明らかにされた。「 中道政治で平和と繁栄の新社会」の建設をモットーとして、 第一に「清潔な民主政治の確立」を掲げ、内政面では「 大衆福祉で豊かな生活」、外交面では「戦争のない平和な世界」 をめざすとした内容だ。
この未来像を現実の政治の世界で具体化していくことは、 公明党の使命である。その自覚を持って、人間主義= 中道主義の政治にまい進したい。
日中国交正常化は68年9月の創立者の提言が起点となった。 これを背景に公明党が中国との交渉役を果たし、 72年の正常化につながった。 中国メディアは創立者の逝去を速報し、「 中日関係の発展に重要な貢献をした」などとたたえた。
日本の政界でも「国内外で平和、文化、教育の推進に尽力し、 歴史に大きな足跡を残した」(岸田文雄首相)など、 与野党から追悼のコメントが寄せられた。
創立者のご遺志を継ぎ、結党大会で掲げた「大衆福祉の公明党」「 日本の柱 公明党」たる自負を胸に、勇んで前進していきたい。